さよならは言わない。 空腹が痛みのように襲い、もはや立っていることさえままならない。 どさりと倒れこめば、阿呆のようにただ青い空だけが視界を覆い、 ああ、そういえば、と思い出す。 確かにこんな空だった、あの日、あの最後の日も。 あの時も我輩は空を見上げたのだったか、 こんな風に思い出すということは見上げたのだろう。 何故だったろう。 腹が減って、頭がろくに働かない。 ただ癖のように、呼びかける。 ヤコよ、 謎を探しに行くぞ。 ヤコよ、 早く来い。 早く… 我輩は空腹だ。 けれどどれだけ呼べど、 どれだけ待てど、 ヤコはやって来ない。 いや、 正確にはいつも傍にいる。 ただ眠ったまま、決して目を覚まさない。 もう二度と。 小さな石の下で、 眠ったまま。 最後の日。 思い出す。 あれからどれだけの月日が流れたのか ただ幾度も幾度も思い出してきた、 辿ってきた、鮮明な記憶。 最後の日。 ヤコの、最後の日。 小さかった体は更に小さくか細く、 白いシーツを掛けられてはいたが、 その下に本当に体があるのか不安な程で、 けれどまだ頬にはぬくもりが残っていて、 手袋越しにも、感じられた。 −ネウロ −ネウロ、そこにいる? ヤコはもう、ろくに目も見えてはおらず、 常に体に触れていないと不安がって泣いた。 −ネウロ、私を置いていかないで −手をつないでいて うわごとの様に何度も何度も繰り返した。 我輩ははただ強く手を握り締めた。 ヤコは大きく息を吸い込み、 そして吐き出すことは無かった。 目はうっすらと涙を湛え、うつろに開いたまま。 それで終わり。一巻の終わり。 ヤコは炎に巻かれて煙となって 高く高く上っていった。 ああ、そうだ見上げていたのは空ではなく煙。 ヤコであった煙。 今この空にヤコはいない。 空はただ青い。 何もかもが間違っている、貴様がいないこの世の中なのに それでも空は青く、 我輩は空腹で、 全てが間違っているのに、そこには何の不思議も矛盾も謎も無い。 置いていくなだと? どっちの台詞だ…このなめくじめ。 泣くななめくじ。 我輩はここにいる… つないだ手は放さない。 傍にいてやろう、それで貴様が泣かないですむのなら。 だから、目を覚ましたら謎を探しに行くぞ、 ヤコよ ヤコよ 早く 我輩を満たせ。 そして大きな鳥が、青空に向かって羽ばたいてゆく。 何かを求めるように、高く高く。 導くように、たなびく霞が高く高く、空へと吸い込まれていった。 それで終わり。
 
 
 
 

 
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