眠りに寄せて
眠る前にはお別れのキスを。
目が覚めて、いつもと同じ朝をいつもと同じに迎えられるとは限らない。
だから、眠る前にはお別れのキスをして。
そうして、もしも朝が訪れなくても、あなたにお別れを言い損ねたなんて、
後悔の涙を私に流させないようにして。
だからお願い、眠る前にはお別れのキスを。
そんな風に子供のように駄々をこねたのは
昨夜見た夢があんまり悲しくて
あんな風に突然別れが来るのなら
いつか必ず来るのなら
それに対して目を背け続けて後から悲しくならないために、
いつその日が来ても
後悔だけはしないようにしておこう、と
悲壮な覚悟を決めたから。
だったのに。
見上げた先のネウロは、今にも私をそこらの軟体生物に例えて
馬鹿め愚か者めと、罵倒するのも馬鹿馬鹿しいという顔で。
ああ、この人にとっては、この魔人にとっては私なんて…
と暗い考えに沈みこみそうになる私に、ネウロは上から言葉を投げつける。
愚か者め、(やっぱり言ったよ…)
貴様我輩から離れられるとでも思っているのか?
我輩が貴様を手放すと思っているのか?
手放すと、思っていたのか?
ヤコよ。
ヤコよ。
再び見上げたネウロの顔は、蛍光灯の灯りを背負って真っ暗で。
その声に悲痛な響きがあったように聴こえたのが
私の幻聴であったのか否か、確かめようも無かったけれど。
呆然とする私の、おそらく半開きであった唇に、
ネウロは小さなキスを一つ。
お別れのキスではない。
と、囁きながら。
だったらどういう意味が今のキスにはあったの?と、
聞ける状態では無かった私の目には涙。
愛してるなんて言わなくていいの。
ただ、いつも傍にいて。
いつも私に触れていて。
何の意味も無いキスをして。
そうしたら、もう怖い夢なんて見ない。
ネウロが遠くへ行ってしまう夢なんて。